スウェーデンの伝統楽器ニッケルハルパ奏者・小柏奈々さんインタビュー ~音楽がつなぐ絆~

みなさんは北欧スウェーデンの伝統楽器「ニッケルハルパ(Nyckelharpa)」をご存知でしょうか。ヴァイオリンとピアノが融合したようなその不思議な楽器は、奏でる音の豊かさから国境を越えて人々を魅了しています。

その魅力に惹かれ、スウェーデンでニッケルハルパの演奏を学んだ小柏奈々さんにインタビュー。ニッケルハルパの魅力やスウェーデンでの体験、そして毎月第三土曜日に開催している音楽イベント「東京北欧セッション」についてお話を伺いました。

小柏 奈々

小柏奈々さん(ニッケルハルパ奏者/東京北欧セッション代表)

PROFILE/小柏奈々さん
東京都出身。ニッケルハルパ奏者/東京北欧セッション代表。幼少期からクラッシックピアノに親しみ、演奏会やコンサートに出演。2007年にスウェーデンの伝統楽器ニッケルハルパに出会い、現地でニッケルハルパを学ぶ。現在はスウェーデン大使館やIKEA、都内のギャラリーなどで演奏活動を行う他、2016年より音楽イベント「東京北欧セッション」を主宰。

ーー小柏さん、本日はよろしくお願いいたします。私はスウェーデン在住ですが、ニッケルハルパという伝統楽器があることを初めて知りました。どのような楽器なのでしょうか?
「ニッケルハルパはスウェーデンのウプサラ地方(※)の伝統楽器です。スウェーデン語でニッケル(Nyckel)は鍵盤、ハルパ(Harpa)は弦楽器を意味します。その名の通り、鍵盤付きのヴァイオリンのような楽器で、共鳴弦と鍵盤があるという点が他の擦弦楽器にはあまり見られない大きな特徴ですね」

※ウプサラはスウェーデン中部の都市。北欧最古の大学・ウプサラ大学やイングマール・ベルイマンの出身地として知られる。

ニッケルハルパ

ニッケルハルパはスウェーデンの伝統楽器の一つ

ーー多くの日本人にとって未知の楽器だと思います。小柏さんとニッケルハルパの出会いについて教えてください。「私は音楽高校と音楽大学を卒業した生粋のクラシック演奏家だったのですが、在学中から民族色の強いバルトークやグリーグ、緻密さと論理性と美しさが調和しているバッハなどが好きでした。そんな中、卒業後にブルーグラスというジャンルの音楽に出会ったのですが、ブルーグラスには“フェス”という山や草原に楽器を持ち寄ってキャンプをしながら自由に演奏するとても素敵な文化があるんですね」

ーーブルーグラスのフェス文化ですか。
「はい。私は、毎年参加しているブルーグラス愛好家に連れられてその“フェス”に参加したのですが、ピアノという楽器の特性上、運搬が困難なために何もできず、鍵盤ハーモニカなどを持ち込んでも、それまでアドリブを習ったことがなかったので混ざることもできず…。こんなに演奏を学んできたのに何もできない音楽の場があることに衝撃を受けたんです。その経験から持ち運びができる<鍵盤のついた楽器>を探し始めたところ、鍵盤付きヴァイオリンのような楽器があることに辿り着き、その上偶然にもその楽器の体験会が近所で開催されると知り、そこでこの美しい楽器『ニッケルハルパ』に出会いました」

ーー北欧の伝統楽器との出会いの場は意外にも日本だったんですね。ニッケルハルパはその個性的な見た目も相まって、弾くのがとても難しそうに見えるのですが…。
「実はそんなことはないんですよ。共鳴弦は演奏された音に共鳴して鳴る仕組みになっているので、このお陰でニッケルハルパの音はお風呂場で歌ったときのようなエコーがかかって聞こえます。鍵盤は、いわばヴァイオリンやギターを弾くときの左手、音の高さを変える役目をしています。弓もヴァイオリン族と比べるとはるかに短く扱いやすいので、初心者でも簡単に美しい音を鳴らすことができます。私は何度も体験教室を開催していますが、音楽をやったことのない人でも必ず一度の体験会で一曲は弾けています。この『すぐに・美しい音で・曲が・弾ける』というのもニッケルハルパの貴重な魅力だと思っています」

仲間とセッション中の小柏 奈々さん

スウェーデンの伝統音楽イベントで演奏する小柏奈々さん(演奏者グループ手前)

ーーそうなんですね! 小柏さんはスウェーデンで本格的にニッケルハルパを学ばれたんですよね。
「そうですね。スウェーデンにはニッケルハルパの専門学校があるのですが、私が初めて参加しようとした年のコースがたまたま満席だったため、代わりにゴットランド島にあるフォルケホイスコーレ(※)のサマーコースを紹介されたんです。スウェーデンに関する知識もニッケルハルパに関する知識もほとんどない状態で思い切って参加したので非常にハードルが高かったのですが、ゴットランド島の人たちが大歓迎してくださったことを覚えています」

※フォルケホイスコーレ(スウェーデン語:Folkhogskola)は北欧発祥の国民高等学校。

ーーゴットランド島はその美しさから観光地としても人気ですね。
「はい。私が初めて訪れたのは8月でしたが、ゴットランド島の楽園のような感傷的な美しさにとにかく感動しました。目の前にパッと視界が開けたような大自然が広がり、とても爽やかな風が吹いていて…。日本ではなかなか出会えない風景と優しい空気がすごく気に入ってしまったんです」

ーー初めてのスウェーデン。学校生活はいかがでしたか?
「サマーコースの先生はマルクス・スヴェンソン(Markus Svensson)というニッケルハルパの巨匠だったのですが、英語が得意ではないにもかかわらず本当に一生懸命に教えてくれました。コースの最終日、私はクラシックの音楽コースのように『自分のどこが悪いか、どのような練習をすれば効率的に上達するか』ということを彼に質問しに行ったのですが、彼はただ一言『一番大事なのは、あなたがこの音楽を大好きになることだ』と答えたのです。私はまさかそんな言葉が返ってくると思っておらず、とてつもなく大きな衝撃を受けました。まるで恋に落ちたように。この時、このスウェーデンの伝統音楽が大好きになり、この音楽を一生やっていこうと思いました」

スウェーデン・ゴットランド島の風景

美しい景観で知られるスウェーデンのゴットランド島

ーースウェーデンではとても良い環境で過ごされたんですね。
「ええ。その翌年、同じくニッケルハルパの巨匠と言われるレイフ・アルプショー(Leif Alpsjö)のサマーコースにも参加したのですが、彼は私たち日本人参加者のことをまるで家族のように扱ってくれて、その暖かさと熱意に心を打たれました。また、地元の人々も、遠い東の日本という国からわざわざ自国の伝統音楽を学びに来てくれたと歓迎してくれて、地元紙の取材も何度か受けたことがあります。私もお返しに浴衣をプレゼントしたり、小さな太鼓を持ち込んでその場にいたスウェーデン人の人々と盆踊りを踊ったこともあります。今では家族ぐるみでお付き合いしている方々もいます」

ーー自然の美しさや人々の優しさの他に、スウェーデンで感じた特別なことはありますか?
「スウェーデンの人たちにとって音楽はとても身近なものだと感じました。例えば、学校にはさまざまな種類の楽器があり、子供の頃から慣れ親しんでいるんですね。地域によっては誰でも気軽に楽器をレンタルできるシステムがあるようです。スウェーデンの人に『何か楽器は演奏できますか』と尋ねると『いや、全然できないよ。弾けるのはギターとピアノくらいかな』のような答えが返ってくるんです(笑)。音楽の楽しみ方や楽器への接し方は日本とはレベルが違うなと感じました」

小柏奈々さんとニッケルハルパ奏者

ニッケルハルパ奏者の仲間たちと思い出の一枚

ーーなるほど。スウェーデンは音楽の輸出大国としても知られていますものね。小柏さんは「東京北欧セッション」という音楽イベントを開催されていますよね。どのような経緯でスタートされたのですか?
「きっかけはロンドンでの出会いでした。2013年、結婚を契機に東京からロンドンへ移住することになり、スウェーデンの知り合いからイギリスの北欧伝統音楽コミュニティの中心人物を教えてもらいました。その方にコンタクトを取ると、ロンドンでは『London Scandi-Sessions』という北欧伝統音楽のセッションが毎月開催されていると言うので、私もニッケルハルパを抱えて恐る恐る出かけて行くと、その場所は何とパブだったんです。パブの一角でいろいろな楽器を抱えた人たちがビールを片手に聞き覚えのある北欧伝統曲を演奏していたんですね」

ーーパブで音楽イベントですか?
「ええ。場所がパブなので、イベントのことを知らずに訪れたお客さんがビール片手に演奏を聴いてくれたり、アイリッシュセッション帰りの人たちが大勢押しかけてきてノリノリになったり、演奏を聴きながら編み物をしているおばあちゃんがいたり。もう何もかもが楽しいイベントでした。私は『London Scandi-Sessions』の“何も言わなくても曲が弾ければそれだけで仲間”という空気が非常に心地よくて、ほぼ毎月参加していました」

ーーイギリスらしい素敵なエピソードですね。
「その後、2015年に日本に帰国することになったのですが、イギリスでのその経験が忘れられず、日本でも同じような場所があると良いなと思って始めたのが『東京北欧セッション』です。『London Scandi-Sessions』の主催者が認定している正式な姉妹イベントです!」

小柏奈々さん

インタビュー中に演奏も披露してくれた小柏さん

ーー東京北欧セッションはどのようなイベントなのですか?
「London Scandi-Sessionsでの体験、そしてスウェーデンでマルクスから言われた『大事なのは大好きになること』、この2つが私の中で大きな柱になっています。ですので、<どんな楽器でも参加可能、曲を全く知らなかったり、楽譜が読めなくても問題なし!>というスローガンで開催しています」

ーーニッケルハルパを知らない人でも参加できるのでしょうか?
「はい。2016年に始めた当初はニッケルハルパ仲間が数人来てくれるだけの小規模なものでしたが、毎月第3土曜日に定期開催しているうちにいろいろな楽器の方が参加してくださるようになりました。笙、インドの打楽器、尺八、篠笛、斜め笛、ミュージカルソー、馬頭琴、鍵盤ハーモニカなどなど…。日本には今、どんな楽器でも曲を知らなくてもOKというセッションがあまりないようで、参加者の方がまた別の楽器の奏者を連れてきてくださったりして、楽器博覧会のような状態になりました。スプーンで参加してくださった方もいましたよ。毎回、今度はどんな楽器に出合えるのだろうとワクワクしています」

ーーセッション(演奏)の他にはどのようなことを体験できますか? 楽器を演奏できない人でも参加できるのでしょうか…?
「北欧セッションはとにかく北欧伝統音楽が好き、または興味がある人たちが楽しめる場所にしたいと思って運営しています。北欧曲を教える(シェアする)コーナーもあります。巧拙を競う場ではないので、音を出した人、参加した人が楽しければそれが正解です。また、毎回必ずフィーカ(Fika)の時間を設けているので、お茶やお菓子とともにおしゃべりを楽しむこともできます。楽器が弾けなくても、手拍子するだけ・聞くだけ・おしゃべりするだけの参加も歓迎です。大変光栄なことに、このイベントがきっかけで楽器を始めたという方もいます。基本的には予約不要なので、いつ来ていつ帰っても問題ありません」(※開催回によります。詳しくは下記の公式サイトでご確認ください)

ーー現在の開催はオンライン形式ですか?
「はい。新型コロナウイルスの影響で2020年の6月からオンラインで開催しています。こんな状況でも定期開催にこだわっているのは、“いつでもその時がくればこのイベントがある”という灯火のような存在でいられたらという信念があるからです。私は『London Scandi- Sessions』の存在にとても救われたので、今度は私が誰かの灯火になれたら良いと思っています」

ーー毎月第三土曜日に定期開催されているんですよね。
「そうです。オンライン開催を一年半ほど続けていますが、今では日本をはじめ世界各国から参加してくださる方がいて、オンラインはオンラインで場所に縛られない良さがあるなと思っています。なんだか気になるお店を見つけたな……くらいの気軽さでいらしてくださって結構です! 特におもてなしはいたしませんが、ここが気に入ったらまたいらしてくださると嬉しいです」

小柏奈々さん

東京北欧セッションの主宰としても大忙しの小柏さん

ーー最後に小柏さんの今後の活動を教えてください。
「なんと、2021年12月に一年半ぶりのオフラインセッションが再開できることになりました! しかも場所はスウェーデンを代表する企業IKEAの新三郷店です。残念ながら、感染症対策のため<予約不要でいつでも誰でも>というわけにはいかず、事前申し込み形式となっておりますが…。でも、これがまた、前のようなセッションの再開の第一歩になることを夢見てゆっくり進めていきたいです。やはり音楽は顔を合わせて、空気を共有して演奏するのが何よりも楽しいからです。しかし、オンラインの良さも知ってしまったので、オンライン・オフラインのいいとこ取りをしたような今までにないハイブリッドなイベントを作っていけたらと思っています。

また、日本でのニッケルハルパの普及に向けて、日本各地への出張版北欧セッションや体験会を企画したいです。演奏ができるスペースがあり、北欧セッションに来て欲しい方がいらっしゃいましたら、ぜひお声がけください!」

ーー楽しいお話をありがとうございました。小柏さんによると、ニッケルハルパを始めるにあたって一番難しいのは“きちんとした質”の楽器の入手だそう。東京北欧セッションのイベント詳細やニッケルハルパについて知りたい方は、下記ウェブサイトよりご確認をお願いいたします。

>> 東京北欧セッション公式サイト

>> ニッケルハルパ奏者・小柏奈々 公式サイト

Photo by Nana Ogashiwa

THE STYLE OF NORTH 編集部

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